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第72話 耐震診断と耐震補強の考え方
私はこれまで多くの耐震診断を行ってきましたが、「一般の方の耐震診断及び耐震補強に関する認識には大きな誤りがある」と、これまでの経験から考えています。みなさん自身のために、正しい認識を持っていただきたく、私の信ずるところに従い、筆をすすめていきます。
まず、誤りその一。「耐震補強工事は、結局、大地震が発生しなかったら意味のない費用になるね」これは大きな誤りです。耐震補強工事を終えたあとの安心感は、充分に工事代金以上のものがあります。「もし、地震がきたらうちは絶対あかんやろうな」と感じて暮らすのと、「うちは少々の地震でも大丈夫やで」と思えるのとでは、その心理状態には雲泥の差があります。この安心感を買うと思えば、工事代金は決して無駄ではありません。 これまで多くの耐震補強工事をさせていただきましたが、「これで安心して暮らせます」と笑顔でおっしゃるのを聞くと、本当に精神的な充足感が大きいと思います。 また、考え方によると、一括払いの保険料のようなものです。もし、倒壊すると、建て替えの費用のみならず、仮住まいの手配、それ以上に家族の生命が心配です。100万円前後の保険料は、高くはないと思います。みなさんは、交通事故を起こさなかったら、自動車保険は損だとお考えですか。また、自分や家族に万一のことが無ければ、生命保険は無駄だとお考えですか。きっとそうではないのだと思うのです。 誤りその二。「絶対に倒壊しないと約束できないなら意味はない」これも大きな誤りです。相手が自然災害ですから、どんな完璧な建物でも絶対に倒壊しない、とは言い切れません。しかし、確実に倒壊分岐点(私の使う用語で、その建物が倒壊するかしないか、分岐点になる強さの地震。一般的な耐震用語ではありません)を高くすることができます。例えば、補強工事前なら3の地震でも倒壊の可能性があったのに、補強工事後なら5程度の地震でも大丈夫だとかいう意味です。3や5や震度を示しているのではありません。相対的な強さの目安です。 つまり、絶対に倒壊しないことのみに価値があるわけではありません。倒壊分岐点を高くすることにも、値段相応の価値があると思います。 どんな建物でも倒壊するような超大地震の場合は別にしても、「倒壊している建物もあるけど無事な建物もあるという程度の地震」であれば、あなたは無事な側に回りたくありませんか。それを考えると「絶対に倒壊しないと保証しなければ補強工事をしない」というのは子どもの無いものねだりのようです。現在の科学および建築技術では、「絶対に倒壊しない」と言うと、それはウソになります。平気でウソをつく会社もあるから困るのですが。 誤りその三。「リフォーム工事をしたから、耐震診断をして欲しい」誤りの極みです。これまで耐震診断を申し込まれた方の中には少なからず、このような方がいらっしゃいました。これは、耐震診断をゲームか何かと間違えているのではないかと思うのです。順番が逆なのです。先に耐震診断をして、その結果から補強の必要があれば、リフォームと耐震補強は同時に施工するべきです。リフォーム直後のきれいな壁を、耐震補強のためにすぐにめくる。これほどばかばかしいことはないと思います。予算ももちろんですが、精神的にも最悪なのではないでしょうか。 誤りその四。「補強工事は知り合いに頼むから、耐震診断だけして欲しい」誤り以前に失礼だと思います。この場合、その知り合いの会社は耐震診断ができないことが前提になっています。まず、はっきりと申し上げたいことは「耐震診断ができない会社に耐震補強はできない」ということです。 例えば、みなさんは、「PER」「ROE」といった言葉を知らないファンドマネージャーに、大切なお金の運用をまかせることができるでしょうか。また、「GOT」「ALP」といった言葉を知らない内科医に、肝機能に障害があると言われて、治療をまかせることができるでしょうか。 同じ意味で、耐震補強工事を行うには、当然知っておかないといけない言葉があります。「N値」「剛心」「偏心率」「壁強さ倍率」等です。他にもたくさんあります。耐震診断ができない身内の工務店に耐震補強をお願いするというのは、身内の焼肉屋さんに行って、お好み焼きを頼むようなものです。いかに矛盾があるのか、おわかりいただけるでしょうか。 誤りその五。「床下や天井裏に意味の無い金物をつけたがる」これもひどい誤りです。テレビでそのような補強を見たとおっしゃる方も多く、信じ込んでいるため、こちらの説明が逆に信用できない方がいらっしゃいます。 基本的に、木造住宅において、老朽化や蟻害以外で建物が倒壊にいたる要因は主に3つです。 ・柱の接合方法が弱く(ホールダウン金物を使用していない)、柱が抜けること ・耐力壁の量が少ないこと(窓が多い、広い部屋が多い等) ・耐力壁の量があってもバランスが悪いこと(たてと横、全体の配置等) この3つを改善しない補強は耐震補強としての効力はありません。倒壊の理由と関係のないところを補強しても、当然、倒壊は免れません。具体的には、ホールダウン金物の設置により、柱の接合方法を強化するか、量やバランスを考慮に入れ、壁の補強をするかです。この意味で床下や天井裏の金物は、どんなにしっかり工事をしても耐震補強にはなりません。 色々と書きましたが、この5点を正しく御理解いただくと、耐震補強工事で失敗されることはないと思います。これまで、たくさんの方とお話してきました。「うちは、耐震補強しましたよ」その内容は、お粗末すぎて書くのもはばかられることが少なくありませんでした。大切なお金を投入してつまらない工事をさせられている姿は、とても気の毒で見るにたえません。この文章が多くの方のお役に立てるよう、念じております。
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