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第70話 沖縄のリフォーム会社奮闘記
(27年間の歩み)
去った6月2日(土)に、当社の第27期株主総会を無事終えることができた。振り返ると、1973年のまだ寒かった3月に横浜から船に乗って当時のソビエトへ。モスクワから横断鉄道でフィンランドのヘルシンキへ。そして、ロンドンにたどり着き、ひょんな事からケンブリッジ大学付属の英語学校に入学し、1年後ウエスト・ロンドン大学に編入した。アメリカの大学へ移ろうと思いビザを申請したが却下。ビザ取得の為の一時帰国の予定が、日本でもビザが下りず、結局そのまま居座ることになった。
その後28才に沖縄に戻り起業するが、なかなかうまくいかず、当時のガールフレンドが居たドイツに行こうと思いきや、高校時代の友人が11名お金を出し「バカな事ばかりするな。もう落ち着け」と。結局、そのお金が資本金となり現在の会社を設立したのが1980年。30才の時である。 さて、インテリアや内装関係の仕事は若い頃少々のバイト経験はあるもののたいした技術というわけでもない。“よし、住宅リフォームをやろう”。今でこそ、リフォームというと世間でもてはやされているが、当時は洋服の直し屋と思われた。網戸や襖、障子、畳の張替え等の小さな修繕工事の仕事を取り、協力する職人さんを捜し、仕事をして貰った。どぶ掃除や店舗の2階のガラスも足場なしで拭いた。作業中に中学時代の友人にバッタリ遭い、“天才比嘉も落ちたもんだ”と陰口を叩かれたが、不思議とプライドに傷つくことも無く、日々汗を流していた。そうこうしているうちに、小さな仕事が紹介でどんどん来るようになり6年目に1億円の売上を超えその前年度から社員を採用し始めた。高卒から始まり、デザイン学校卒、そして沖縄で初めて2×4住宅を手掛けた20年近く前から大卒の建築科卒を採用し始め、今では新築とリフォームの2本立てで事業を営んでいる。 リフォームで思い出すのは平成元年に建設省(当時)の外郭団体である(財)日本住宅リフォームセンターから電話が来て、増改築コンクールに沖縄からも是非応募して欲しいという依頼があり、簡単に引き受け出品した。居室部門優秀賞を頂いた。東京での表彰式にも出席したのだが、初代理事長は尚明さんだった。琉球王朝の末裔である。会場で声をかけられ沖縄の会社が入選して嬉しいとニコヤカに笑っておられたのが懐かしい。 当時の我が社は100万円以上のリフォームの依頼が来ると若い社員と一緒に夜を徹して大宴会を開いていた。今では3,000万円程の大型リフォームも手掛ける。 いずれ、日本でも新築住宅とリフォームの市場が欧米のように逆転する日が来るかも知れないが、それは次の世代への課題としたい。 株式会社 T&T 代表取締役 比嘉 武 日本増改築産業協会(ジェルコ) 沖縄支部長 [H19.6 記] 沖縄県那覇市銘苅322-5 マエシロビル3F TEL098-867-0708 FAX098-867-0776 http://www.tandt-home.co.jp
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